2017
28
Dec

フリーランス

イメージができないことは実現することが難しい

こんにちは、T.K.Works / フリーランス音楽クリエイターの上村(@j_k_vincent@tkworks1996)です。

先日の話ですが、フリーランス音楽家のこおろぎさん(@Kohrogi34)からフォローバックをいただきました。

 

思わずスクショしてTwitterに投稿してしまったんですが、
おそらくDTMをやっている方で知らない方ってあまりいないと思います(有名人デスネ!)

 

相互フォローしていただいているすごい音楽家の方は他にもたくさんいらっしゃって、
Twitterで繋がらせてもらっていることは僕の誇りでもあります、勉強になり刺激にもなっています。

 

が、こおろぎさんだけはちょっと特殊というか。
今回はその辺りも絡めたお話です。

 

2013年秋、悩める35歳男子

以前のエントリーで、以下の自分年表を書いてこれまで何をやってきたかをざっくり記載しました。

 

20歳から40歳までのざっくり年表で、
サラリーマン時代を挟んで音楽に関わっている時期が2回。
2013年、なんの脈略もなく楽曲制作第2期が始まっています。

 

この年は自分にとって大きな節目になっていて、
20年ぶりの中学校の同窓会で同級生の活躍ぶりを聞いて凹んだり、
SNSに疲れてみたり、仕事・会社はこのままでいいんだろうか、、、など。
世間的によくある35歳という年齢で色々と思い悩んでいる時期だったんです。

 

音楽のことも頭の片隅にはありました、
ただサラリーマン生活が定着してしまいチャレンジする事に対してすごく腰は重かった…

 

2013年9月中国旅行へ行かなければ会社の歯車の一部になっていただろうし
音楽のことを本気で考えることはなかったな、と思います。

 

こおろぎさんとの出会い

ただ、業種を転換する事自体が大きな決断で不安はありました。
40歳の節目を目標としてあと3年、その時間で自分は何ができるだろうか、、、と。

 

音楽をもう一度やりなおそう!、と考えてみたもののやっぱり20代の頃と変わらずアテがあるわけでもない。
仕事はストレージ業界に比重があったので、
放送・メディア系の映像編集や配信をやられている企業への繋がりはもっているのですが、
ITの人間がいきなり音楽で、、というのもかなり難しいものがありました。
この時点ではまだ「音楽作れると思います」というだけで、実際に手を動かして仕事ができる状態ではなかったからです。

 

僕はシーケンサーは使ったことがありましたが、
DAWを使ったことがなかったのでまずはソフトの使い方は相当な勉強が必要でした。
自分で決めた3年という時間はあっという間に過ぎるだろうし、一日たりとも無駄にはできない。

 

ふと、
「同じような思いを持った人って絶対に世の中にいるんじゃないか!?」って漠然と考え、
そんな感じでGoogle検索で「DTM 音楽 メシ」みたいな感じで検索結果漁ってたら、
このエントリーを見つけたんです。

 

「おおぉぉぉぉ!オモシロイ ヒト ミツケタ!」(笑)

 

結果論なら誰でも言える

世の中に同じことを考え悩んでいる人ってすごく多いと思うんです、どんなことでも。

 

ただ自分で道を作れて歩いて行ける人って、些細な悩みには気づかないことが多い。
自然とその振る舞いができてしまうスキルを持っているので、そもそも悩んだ経験がない。
実際は需要がある情報なんだけども、悩んでいるということを知る機会もないので情報として発信されることもない。

 

なぜうまくいったのか?、なぜ失敗したのか?
自分のやってきたことを棚卸しして、情報を整理することはできても
書き手として情報をまとめて発信していくことは全然違うスキルだと思います。

 

僕の親父もパン職人としての才能、絵描きとしての才能は持っていましたが、
それを文字で、言葉で伝えることができない人でした。
簡単に数値化できないことって伝えるの難しいですし、見て体で覚えろ!って感じなんでしょうけど。

 

「その立場における目線を持つこと」

 

こういうことで悩むだろうな、こんなことが知りたいんだろうな、
ってイメージができるのは自分自身が痛い思いをして経験してきたからこそ言える。

 

これから音楽で食えるかどうか実行していきます、という宣言はほんと勇気があるな、と思いました。
やっぱり宣言しておいて失敗した時のことを考えちゃうとかっこ悪いって考えるのが普通だし、
起きた事象に対してあーだこーだ言う方が非常にラク。いわゆる評論家です。

 

これはご本人に聞いてみないことにははっきりとわかりませんけど、
この宣言をした時点で数年後の自分の未来がはっきりとイメージできているんだな、と感じました。
たとえ大成はできなくても、失敗はしない人だな、と。
結果全くそんなことはなく、あれよあれよというまに数年で階段を駆け上っていかれましたが…(余計なお世話でした…)

 

僕は少なくともこの時点で
「40までに音楽クリエイターに転向して仕事やります!」
という宣言をする勇気はありませんでした、が、
根拠のない自信と自分が音楽クリエイターとして仕事をしている妄想だけはありました(笑)

 

クリエイターとしての才能、書き手・伝達者としての才能、
普通はどちらかに極端に偏ってしまうところ、こおろぎさんは非常にバランスが取れている人だと思います。
「名選手、名監督にあらず」という言葉がありますが、見事に覆していますね。

 

これだけバランスが良い人はなかなか居ないんじゃないかな。

 

リファレンスはあくまでリファレンス

2013年暮れからこおろぎさんを勝手にウォッチング(ストーキングとも言う)し続けていたんですが、
そもそも同じことを後ろから追っかけてやっていこうとは考えていませんでした。

 

自分の場合、家族も含め抱えているものが多かったのもあり、
音楽クリエイターとして初年度からフルスロットルで仕事をしていく必要があったので、
「食えるかどうかやってみる」というスタートはまずできません。

 

なので40歳(2016年9月〜2017年8月)までの間にクリエイターとして立ち上がり活動するためには、
少なくとも2016年中に「私は音楽のクリエイターです、仕事できます」という状態になって、
潜在顧客に対してアタックをかけていく必要がある…
そう考えると実質準備期間は2年程度しかありませんでした。

 

音楽を作りはじめた当時

 

そこからはとにかくDAWを触ることをはじめました。
頭に思い描いたものをDAWに投影できるようにする、脳みそとDAWが直結した状態、を目指して。
2年程度は派手な活動はせずにとにかく音を作ってました。
この時は普通にサラリーマンだったので、平日は社会人をやりながら休日は音楽にひたすら打ち込む、
そんな日々が続いてました。

 

余談ですが、その間に会社の忘年会で結成したバンドから派生して川崎の音楽祭に2回出場しました。
僕は打ち込み担当でライブ当日までには仕事が完了していたので出場するつもりはなかったのですが、
キーボード担当で参加していました。こういうのは苦手ですね…(汗

 



まぁ、、、、演奏はおいといて。。。
これはこれで楽しかったですし、縁の下の力持ち的な部分を学ぶことができましたね。

 

猿真似は劣化コピーにしかなれない

僕は営業に転向したばかりの時に営業のイロハは全く知りませんでした。
なので先輩のやることなすことを真似しながら営業活動をしていたのですが、
その際に言われた言葉が、
「俺の真似をしたところで俺の劣化コピーにしかなれない、俺には一生追いつけないし、追い抜くこともできないよ」

 

この言葉は結構自分に突き刺さりました。
そもそも先輩を追い抜こうなどとはその時には考えもしなかったのですが、それ以前に「劣化コピー」と言う言葉。

 

努力をしてその人と全く同じことができるようになったとしても、
その人が同じフィールドに存在している限りは、
自分に対して仕事を求めてくるクライアントは存在しない。
同時にその人が落ち目になれば、同時に自分も地位を失ってしまうということ。
当然その人の背中を追いかけるだけなので、その人が作ってくれる道しか辿れないし未来も選択できない。

 

つまり生きるも死ぬもその人次第と言うことなってしまう。
先輩から仕事を引き継いだ顧客からもこんなことを言われました。

 

営業の立場でありながらも僕らの言っていることを噛み砕いてシステムに落としてくれる、
適切なエンジニアを選任してなにかしらの答えを返してくれるし、お金の話もすぐにできる。
それは元エンジニアだからこそできるスキルだし、それが上村さんの強み、
〇〇さん(先輩)と同じである必要はないし、だから今こうやって信頼してお話しているわけです。

 

自分では当たり前すぎで気づきもしなかったことだったんですが、
エンジニア <–> 営業の目線は持っていても、営業 <–> クライアントの目線までは考えていなかった、
目から鱗がポロポロと落ちていった瞬間でした。

 

この時から、自分がどう振る舞えば顧客は嬉しいんだろうか?ということをよくイメージする様になり、
より自分らしく自分の言葉で顧客と接することができる様になりました。

 

憧れるがあまり何もかも真似してしまおうと考えてしまいがちですが、
やはりそこは人間である以上、良い部分もあれば悪い部分もあります。

 

良い部分はどんどんと取り入れて、悪い面は反面教師として、
それに自分の強みを足していくことができれば、独自のカラーになっていきます。
最初は猿真似(コピー)でも構わないと思います、ただいつかはそこから脱却(卒業)する必要はあるな、
と考えています。

 

自分の未来、成功への強いイメージをもつ

「表彰台に登ることしか考えていませんでした」
「ホームランしか頭にありませんでした」
アスリートのインタビューでこんな発言聞いたことありませんか??

 

僕は幼少から高校まで器械体操をやっていて、
通常の練習以外にイメージトレーニングというものをよくやっていました。

 

実際に体を動かすわけではなく、ただじっと座って目を瞑り頭の中で演技を実施するのですが、
イメージトレーニングで失敗することは実際に体を動かしても確実に失敗します。

 

なぜ失敗するのかの答えは簡単で、成功した時の景色が見えていないから、です。

 

例えばギターの速弾き、いつも同じところで失敗する場合、
頭の中だけで早弾きをしてみてください、やっぱり失敗しませんか?
頭で考えていることなのに失敗する、不思議ですよね。

 

イメージできないことが実現しない、と思う理由はここにあります。

 

確固たるものになるために繰り返し繰り返し練習する、
イメージトレーニングをするということも必要なことなんですが、
成功するための前段階で必要なこと、そのさらに前段階で必要なこと・・・というふうに、
ある地点を目標としたスケジュールの落とし込みをする様にもなってきます。
長期で考えていた時にはあまりにも道が長過ぎて「うへぇー」ってなってたものも、
短いスパンで小さい目標に落とされてくると、なんかやれる感じがしてきます。

 

僕の2013年暮れは、
40歳(までに)で音楽クリエイターに転向する!・・・、そのために今自分は何をすべきか。
→音楽以前にDAWを覚えろ!話はそれからだ、でした….( ゚д゚)!

 

僕の場合にはこおろぎさんの存在を知ったことで3年後の自分を明確にイメージすることができました。
あまりにも業種がかけ離れていたので、こおろぎさんというリファレンスの存在は大きかったんですよね。
そう言う意味ではすごくベストなタイミングだったし、運が良かったと思っています。(感謝でいっぱいです)

 

僕がこおろぎさんが上手いな!って思う点は、あーそれそれ、というツボを要所要所で抑えてくる。
長期ではなく短期的に着地点が見える様なイメージを持つことができる、情報の発信の仕方が上手いなと思います。
例え大成はしなくとも失敗はしない、と当初思ったのはこの点ですね。
どう転んでもこの人は生き残っていける、ということを自分自身もしっかり理解している。
だから音楽以外で事業を起こしたとしても絶対成功するタイプだと勝手に思ってますね。

 

まとめ

僕の場合はリファレンスにした方は1人しかいませんでしたが、
場合によっては複数人参考にしたい方が居ても全然いいと思います。

 

ただし着地点は一つ、しっかりと定めておく。
人生いろんなことがありますし、思いがけないイベントが発生したりします。
若干道を外れてしまったとしても、目標が定まっていればまた修正していくことができます。
様々な意見に左右されてしまってフラフラしてしまうと、
たいして前に進むことなく時間だけがどんどんと過ぎていってしまいます。

 

あとは期限を決めておくことですね。
この時までにこの目標が達成できないのならば・・・・という感じで。
僕の場合には40までに仕事にならなかったら、フリーランスでITやってました。
自分の性格や気力を考えると、40を超えてからは無理だな、と思っていたので。

 

ただアントニオ猪木氏の言葉を借りるならば、
「出る前に負けることを考えるバカがいるかよ!」
ですね。

 

それでは。
T.K.Works 上村敏仙

 

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